No.1191 「ADHDとして産まれてきて」
- kuwashi kano

- 2023年3月11日
- 読了時間: 2分
こんにちは
今日も一日ありがとうございました。
気持ちのいいお天気です。
あれから12年が経ちました、、、
あの日は今日と違い寒かったこと覚えてます。
そして震災のちょっと前に産まれた息子のも12歳。
この春に中学生になります。
12年前の2月2日に産まれた息子は普通の男の子、
どこにでもいるちょっと元気で活発な子供です。
3歳か4歳のとき保育園の時担任の先生から「ADHD」かもしれないと言われました。
最初は「えっ!?」そう思いましたがこれまでの行動を見ていると認めざるを得ないことと。
多分軽度のものと思われる症状ですがそれを親として理解せずに「何でこんなことが出来ないの!」とか「何度言ったらわかるの!?」とか。。。
今までさんざん息子を叱ってきました。
今でも相変わらず叱ってますが(笑)
でもできないものはできない、覚えられないものは覚えられないのです。
周りはそれに付き合っていくしかありません。
当然周囲のお友達にも害はでます。
時には仲間外れの要因にもなります。
また平気で人を傷つけます。
本人は全く悪いとは思っていません。
なので親としての教育では「挨拶・礼儀・マナー」だけでも徹底しました。
そのせいか年上の方にはうけのいい仕上がりに(笑)
先日ANSONに息子がいるときの事、
「メモ帳とかある?」
と聞かれてまだ仕事中の自分は「今切れているのでコピー機の中のA4の紙を一枚出して使って、、、」と言って仕事を続けてました。
その後何やらメモを取ったみたいですが。。。
変わって次の日に自分が仕事に来てみて気がついたのですが前の日にA4の紙を使った息子、
実は全部使っていなかったみたいで、4つ折りにして切ってそのうちの一枚だけを使ったようです。そして残った紙3枚はいつもメモ帳の置いてある場所にちゃんと置いてありました。
もともとADHDで紙の四隅を合わせて折るという簡単なことすらも小学生中にできませんでした(きっと綺麗に折ることに着目してないのかと)
しかし、、、
昨日自分で紙を四つ折りに綺麗に折って、切って使わない分を定位置に置くという、、、これこそが普通の事ですが、なんと平然とやってのけてました。
震災から12年、
あっという間の年月です。
辛い事やきつい事ばかりでなく地道にやっていけばきっと結果はでる、
息子を見てそんなことを勉強させてもらいました。
明日は第2日曜日です。
明後日の月曜日とあわせて連休になります。
また14日以降のご予約お待ちしています。

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